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【フーコー入門:中山元】読まないと始まらない!何が?「思考」がですよ

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人は、なぜ本を読むのでしょう?

もう少し幅を広げて考えてみると、なぜ情報を脳にインプットしたがる、知的欲求があるのでしょう?

《目次》

 

人には知的欲求が備わっている

こたえは次の2つです。

  • 生存するために知る必要がある。
  • 思考を巡らすために知る必要がある。

とてもシンプルです。人は他の動物と大差ありません。つい自らを特別視してしまいますが、野に生きる動物の一種なのです。

「いやいや、人間は野生じゃないでしょ、街をつくって家に住んでるし!」 って?確かに人は世界中の至る所に建造物を建てて暮らしています。

しかしこれは、他の動物たちが侵入できないよう強固な縄張りを形成する最も動物らしい行動ではないでしょうか。自分たちが住みやすいよう創造し、排他的な環境をつくることで、世界を支配している・・・そんな気になっているだけでしょう。

野生動物である限り、生存するためには知る必要があります。天敵がどんな行動パターンをとっているか情報収集すること、エサのありかを探すこと、生きるためには情報が必要なのは疑いようもない事実です 

一方、人間は動物とは違って知的な側面もあります。文字を発明し、本を印刷し、いまでは様々な形で情報をストックできる・・・こういった環境にあるのは間違いなく人間だけです。

そして何かを考えるには、きっかけとなる情報が必要です。

 「そんなことない。情報ゼロでも自分は一人で考ることくらいできるわ!」という人、立ち止まって今一度よく考えてみてください。思考して結論に至るためには、何らかの先人の知恵が手伝っているはずですよ。

例えば、色々と思考を巡らせて「シリコンバレーに行って起業しよう!」と思いたったとすると、それはアメリカ、シリコンバレーの情報があっての思考と決断です。

当たり前のことばかりですが、更に、アメリカ大陸を知っているのは自分が発見したからではないはずです。飛行機で1日でアメリカに行けるのは自分が飛行機を発明したからではないはずです。

 

深く思考する人が膨大な量の本を読むたった1つの理由

今を生きる人間の思考は歴史的な根拠から作り上げた真実に基づいたものであり、必ずしも真実ではないんじゃないか。

そんなことを考え、悩み続けた哲学家がフーコーです。フーコーは同性愛者でした。

 今でこそLGBTへの理解が進んできていますが、当時の差別は想像を絶する凄まじいものがあったでしょう。子どもの頃から社会、つまり周りの人たちから虐げられてきたからこそ、作り上げられた真実のような偏見について深く深く考え続けたのでしょう。

 フーコーは読書について、こう語っています。

空想的なものは、書物とランプの間に棲まう。

幻想的なものはもはや心の中に宿るのではなく、自然の突飛な出来事の中にあるのでもない。それは知の正確さの中から汲みあげられてくるのであり、その富は文中の中で読まれるのを待っているのである。

夢見るためには眼を閉じていてはならない。読むことである。

そう、「夢見るためには目を閉じていてはならない。読むこと」なんです。

将来や人生についてじっくり考えたり夢想するとき、いきなり自分との対話に入ってはダメ。まずは読んで、情報を得て、思考を刺激する。そこからすべてが始まるのです。