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【南洲翁遺訓】敬天愛人の奥底にある西郷さんの思想

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読みたいと思っているが読めていない本、ありませんか?

古典だったり専門書だったりでハードルが高い本です。わたしにとって『南洲翁遺訓』がそれでした。いわゆる新訳で読んだのですが、これが読みやすくて。ついに読破できました。

新訳のデメリットは古典の重厚感がなくなることなので、良い新訳の条件を定義するのならば①訳者の解説に深みがあること、②原文が付いていること、この2点でしょうか。本著は2点ともクリアしています。

《目次》

 

南洲翁遺訓とは

訳者が「はじめに」で触れているのですが、西郷さんには著書はありません。『論語』や『福音書』が、孔子やイエスの著書ではなく、哲学者でいえばソクラテスが著書を残していないのと同じです。全て、没後に弟子などの生前に当人の言葉を聞いた人が書き残したものです。

今も昔も偉人は著書を残さず、誰かがその言葉を書き留めるという法則があります。スティーブ・ジョブズも自分で本は書いてないですよね?ゲーテは詩人で、本を書くのが本業なので著作を残すのは当然ですが、さすがの偉人。エッカーマンが『ゲーテとの対話』で彼の言葉をしっかり残しています。

本著の訳者 松浦光修は神道学博士で文学部教授。その教養を存分に活かし、『南洲翁遺訓』以外にも聖書や仏教の言葉、日本思想史の古典を引用して西郷さんの言葉とひも付けてます。複数の出典があると、書かれた内容が腑に落ちやすいです。

 

「敬天愛人」西郷さんの思想の根っこ

ある時、西郷先生が、こうおっしゃった。

「いろいろと善くないことはあるけれど、いちばん善くないのが、“自分に執着する”ということだね。(後略)」

余話

「自分に執着する」と訳したのは、原文では「己を愛する」です。西郷さんは、「愛」という一つの言葉を、善い意味でも悪い意味でも使っています。たとえば、「天を敬し、人を愛する」の「愛」は、善い意味での「愛」です。ここでの「愛」は悪い意味での「愛」で、ここでは、混乱を避けるために、この悪い意味での愛を「自分に執着する」と訳しました。

ちなみに、「愛」という言葉は、儒教やキリスト教では、もっぱら善い意味で使われていますが、仏教では(善い意味に使う場合もないではありませんが・・・)、基本的にには、悪い意味で使われています。仏教でいう「愛」は、「貪り」とか「執着」などの意味で、否定しなければならない「煩悩」の一つです。

原文は「己を愛するは善からぬことの第一也」です。「愛」は儒教的に使われる場合は善い意味、仏教的に使われる場合は悪い意味ということは知りませんでした。

「敬天愛人」は有名ですが、上記引用の他にも「道に志す者は、偉業を貴ばぬもの」「人を相手にせず、天を相手にせよ」など、西郷さんの思想の根っこは一貫しています。虚栄心などの煩悩を廃し、自分より他人、他人より天を優先せよ、という一点に集約されているのです。天とは大局で、場合によって国や世界、もっといえば未来の世界を指すと解釈します。

 

まとめ

自分より他人、他人より天という思想をベースに、政治はどうあるべきか?役人・人材とはどうあるべきか?自国・外国に対してどう思い動くべきか?道徳とは?戦とは?事業とは?危機管理とは?、と話が展開していくのが南洲翁遺訓』の本質的構成と理解できそうです。