引用書店

THE INYOSHOTEN PLUS

書評を中心に、伝えたいことをplus

【虫眼とアニ眼】宮崎駿と養老孟司の専門と教養が読める本

スポンサーリンク

対談本シリーズで、いくつか記事を書いていきます。何回続くかは不明!

第一弾は宮崎駿、養老孟司の『虫眼とアニ眼』です。

《目次》

 

宮崎駿と養老孟司

説明不要な宮崎駿。戦争の話を描くことは奥さんに反対され続けたそうですが、ついに描いてしまった『風立ちぬ』。これが最後の作品だといわれていますが、まだ何かつくる気もします。そう思いたいだけかもしれませんが。

養老孟司は『〜の壁』シリーズをいろいろ書いてる人だと認識されていますが、もともと東大医学部を出たドクターで解剖学の先生です。私が学生時代はまだ教鞭をとられていて、私も養老先生の授業を受けたことがあります。必須科目の担当教授だったんです。

 

リアリズムとは何か

養老:哲学では本来、頭の中にある観念的なものが実在するという考え方がリアリズムなのです。

(中略)

世の中にあるものはどういうものかというのを上手に示しているのが、アートだと思うんですね。

たとえば死体というのは、すごくリアルなんですよね。そこにあれば誰だってインパクトを受ける。そこにあれば誰だってインパクトを受ける。あれはまさに非常に実在感のあるものだけれども、それでは理屈にできるかというとほとんどならないですよね。死体って何だ、と説明できる人はまずいないでしょう。だけど、考えてみるとそれは自分自身なんです。

死体は自分自身を観念化したものである。

このあと宮崎さんが「ミイラを作るというのもそれと関係あるんですかね」と問いかけて、養老先生はそうだと言っています。

なんだか凄い考え方じゃないですか?死体は自分自身。ということは自分自身をじっと見つめるのが解剖学だったり生理学だということですよね。これを日本を代表する解剖学者が「アート」だと形容している。アートだからこそ観念的でリアルだと。生きている実在の人間は雑多のものが含まれていて、それが削ぎ落とされたのが死体だと。

そして会話はアニメーションへと続きます。

養老:アニメというのをよく子どものものと馬鹿にするんだけど、そうではなくて本当のリアリズムですよね。なぜかというと、いらなディティールは落ちちゃっているわけですから。

やはりディティールを削ぎ落とした本質がアニメ、死体というアートだと言っています。

 

まとめ

リアリズムを考えるクセをつけたら世の中が違ってみえるんじゃないでしょうか。リアリズム、つまり実在を観念化するクセをつけるということです。

例えば犯罪の報道をみたときは、自分の外のことだと思わず、死体のように遠いけれども自分自身や社会を観念化したものではないか?と仮説を立てて考えてみる。世界の政治的、軍事的な緊張もそうです。地政学リスクという言葉がありますが、世界情勢も究極にミクロな現代に生きる個人のどこかを観念化したもので、それがマクロな世界に影響を与えているのかもしれない。

少なくとも思考は深まりそうです。

 

養老孟司、宮崎駿の他の本

ちょうど2002年に養老先生の解剖生理学の授業を受けていて、「男女で妊娠への意識の差がある」みたいな話をしていた記憶がおぼろげにあります。もしかしたら『バカの壁』の冒頭の例は自分たちの授業だったのかなあ...とか関連性に思いを馳せます(ありがちな人のクセ)。

宮崎駿の本といえばナウシカでしょう! 

広告を非表示にする