引用書店

読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

THE INYOSHOTEN PLUS

書評を中心に、伝えたいことをplus

【死ぬってどういうことですか?】瀬戸内寂聴と堀江貴文の死生観

哲学 哲学-全般
スポンサーリンク

対談本の連載、第二弾です。

いやー本当は「すみません、早速連載の予告をブッチして小保方晴子『あの日』を読みましたので書きます」といきたかったんですが、愛知の田舎の本屋には『あの日』が置いてない!なんてことだ!

kindle版はあるんですが、「買って貸すよー」と他の人に言ってしまったので紙の本を買わなければならないのです。ここに来て「人に貸せない」というkindle版のデメリットが主張してきますね。

さて、気を取り直して。対談本第二弾は瀬戸内寂聴、堀江貴文の『死ぬってどういうことですか?』です。

《目次》

 

瀬戸内寂聴の死生観

寂聴さん(瀬戸内さんは違和感なので寂聴さんでしょう)は、 まああの通り「死」についても明るく考えていて、全然怖くないのだそうです。しかしこの間TVでみたのですが、寂聴さん結構体が弱ってて自分の力でベッドに行くのも困難な状態でした。さすがに元気がないし、「死」にネガティブな感情をもっているように見受けられました。

いくら強気でいていも、いざ直面するとなると弱気になる。人にとって「死」とはそういうものかもしれません。

 

堀江貴文の死生観

一方の堀江さん、この人は「死」を大変恐れています。

堀江:分子ってのは全く入れ換わっているのに、「自分は自分である」っていう、そのサステナビリティみたいなものが僕は興味深いなと思うんですよね。時系列で自分は自分であるってことを記憶してる回路みたいなものが面白くて。つまり自分は堀江貴文だと思ってるけど、それは単なる思い込みだって話です。それがなくなるのが死なわけじゃないですか。単なる思い込みだなって思ったら最近気が楽になったんですよ。俺って「俺だ」っていう思い込みによってできてるんだなっていう。

分子、細胞は数日〜数ヶ月で入れ換わります。それでも自分は自分という感覚は不変。これって確かに考えてみたら不思議です。脳の神経細胞が何とかこのサステナビリティを保つ役割をしてるんでしょうけど、その神経細胞自身も数ヶ月で死ぬんです。

『量子力学で生命の謎を解く』で書かれていた渡り鳥はさらにスゴい。彼らは自分が死んで、孫の世代が帰るべき場所にまた帰ってこれるんです。「身体」を超えて情報が伝達する力が量子レベルで備わっている。

この堀江さんのサステナビリティの疑問が解かれたら、神経細胞じゃなくて人工知能に「自分が自分である」という感覚を移して生きていくというSFど真ん中な技術に発展しそうです。

 

死への恐怖の解決法

死への恐怖って、ぼくはそれほどないんですよね。思春期は激烈に怖かったですが、当時は何でも怖い時期でしたから。『ジュラシックパーク』の恐竜に殺されるんじゃないかとか、訳の分からない恐怖をいだいてましたから。でも今は怖くない。病院の廊下を歩いたりしていると、「ああ、死ぬときに最後に目に映るのはこの病院の床なんだろうな。もっと無機質でなく綺麗な床がよかったな」とかは考えますが、実感するほどではありません。寂聴さんのように弱ってはじめて実感するものなのでしょう。

死への恐怖がある方は、以下の堀江理論は参考になるかもしれません。「忙しくする」ってのは、死に限らず何か恐怖・ストレスを取り除く常套手段でしょう。

堀江:結論的には、宇宙という人知を超えた観測できない世界があるってことで、死という現象も怖がらなくていいと思い込みつつ、寿命を延ばす老化防止のテクノロジーに投資すると。そして何より忙しくして死を考えないようにするという、複合技でたいしょするしかないんじゃないか、と思っています。

 

瀬戸内寂聴、堀江貴文の他の本