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【すばらしい人間部品産業:アンドリュー・キンブレル】なぜ臓器提供は無償?

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バイオの分野で仕事している人は必読!

《目次》

 

著者と訳者

『すばらしい人間部品産業』の著者は法律家であるとともに哲学者でもあるアンドリュー・キンブレル。バイオの世界では「生命倫理学者」と呼ばれる人物が、国の評議会の委員になることがよくある。学会でも、人文科学系の学者が講演する機会がある。バイオの発展にとって「倫理のハードルをいかに超えるか」は避けることのできない課題の1つだからだ。

訳者は『生物と無生物のあいだ』のヒットから立て続けに一般書を出している福岡伸一。『動的平衡』はバイオに興味がある人なら是非読んでほしい一冊だ(正確には「2」もあるので2冊)。

 

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なぜ臓器提供は無償なのか

もし私がノーベル賞を買うことができるなら、ノーベル賞の意味を堕落させることになる。もし私が南北戦争のとき認められていたように徴兵免除を金で買えば、市民であることの意味を堕落させることになる。もし私が子供を買ったり、売ったりすれば、親であることの意味を堕落させることになる。もし私が自分自身を売れば、人間であることの意味を堕落させることになる。

本著で引用されていた倫理学者ウイリアム・メイの言葉。タイトルの答えはここある。臓器売買は「人間であることの意味を堕落させる」行為だから、臓器は原則「無償」提供なのだ。

1つ前の文章も注目してほしい。「子供を買ったり、売ったりすれば、親であることの意味を堕落させる」、だから人身売買は禁止されているのだ。

本著では700年以上前の輸血の歴史から、臓器売買、人身売買、精子の提供や代理母でお金をつかむ貧困層、姉に骨髄移植するために生まれた子供、といった社会的問題について書いている。売買が横行している不法行為については、その値段を示して警鐘を鳴らしている。国やブローカーによって値は違うだろうから誤解を与えないようここでは具体的な数字は引用しない。

お金が介在することで、ある行為が本来持っている「権威」「善意」が失われる。その論理については、有名なマイケル・サンデル著『それをお金で買いますか』を合わせて読むと理解が深まる。

胚は人間といえるか

本著で「胚は人間といえるだろうか?」という章があったので、「ES細胞(胚性幹細胞)は研究や臨床で使っていいの?」という議論がなぜ起こるのか、簡単にまとめてみる。

ES細胞をモノとして使用していいかどうかは「ES細胞が人間といえるかどうか」で決まる。ES細胞は受精後約5日目の胚から取り出した細胞のことなので、「受精後何日目から人間といえるか」という問いに変換される。

この答えは宗教によって違っていて、キリスト教は受精の瞬間、ユダヤ教は受精後40日目、イスラム教は受精後120日目からが「人間」なのである。だからキリスト教原理主義に近い人(というかブッシュ)が米国大統領になったりすると、ES細胞の新規樹立や使用が禁止されて、ユダヤ教圏のイスラエルやイスラム教圏のエジプトでES細胞研究が発展するのだ。

世界的にコンセンサスが得られた成果でないと受賞できないノーベル賞がES細胞ではなくiPS細胞に与えられた理由は、倫理的な問題、つまり宗教観の違いにあったという説がある。真実はノーベル賞の選考委員会に聞かないと分からないが、この説は恐らく正しい。