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【ゲバラ日記】死地ボリビアでの貴重な手記から現代人が学べること

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 『ゲバラ日記』はチェ・ゲバラ本人の日記を起こした貴重な資料である。死と隣り合わせの自然の脅威や修羅場の人間くささから遠ざかって生活する現代人が、そこから学べることは多い。

《目次》

 

チェ・ゲバラ

1928年アルゼンチン生まれ。1955年フィデル・カストロに出会い、キューバの独裁者フルゲンシオ・バティスタを打倒するためのゲリラ遠征軍に入隊。キューバ革命を成功させた後、ゲバラは国立銀行総裁など新革命政府の中核的な指導者となり、使節団を率いて世界各国に講演をして回る。

1965年ボリビアに向けてキューバ人ゲリラ軍を組織するために渡る。1967年にボリビアの対ゲリラ活動軍に捕縛され、殺害された。本著は死地ボリビアでの彼の貴重な手記である。

 

フィデル・カストロの序文

男たちが背嚢、弾薬と武器類の重みで前屈みとなって隊伍を組み、岩だらけで険しい土地を越えて、湿っぽい森林の中を長時間進軍し、しばし休息をとるために歩を止めるとき、またその日の疲労困憊させられる行軍が終了し、縦隊が停止を命じられて野営の準備をしているときに、チェは ー キューバ人たちは最初から親しみをこめて彼をこう愛称した ー 小さな帳面を取り出し、医者によくある、極小の、とても読みづらい字を綴って記録を残した。

フィデル・カストロによる序文である。

カストロが書いたとおり、戦地で日記を書き続けることはかなり大変だと想像される。「今」生命の危険にさらされているときに「後」に残る記録をつくる行為。これをチェが続けたからこそ、現代人のわれわれがこうして彼の死地の記録を読むことができるのだ。

 

野営のリアル

アントニオが、アルトロ、アニセト、パチョに戦列を敷かせて、リカルドを救出したが、今度はパチョが撃たれた。ラウルは口を打ち抜かれて死亡した。

戦闘シーンはこのように淡々と事実が書かれる。この後「今回の戦闘でしくじった点について考査」するのだが、日記は考査の方に重点が置かれる。

このあたりにチェがなぜキューバ革命を成功させる戦いができたのかが垣間見える。想像を絶するゲリラ戦と相次ぐ被害のなかで精神を保ち、先の戦闘の学びを冷静に次の作戦に活かしている様子がまざまざとみてとれるのだ。

本著で戦闘シーンが描かれるのは後半の数十ページだけだ。他は「野営のリアル」が書かれている

野営のなかで食べ物の調達がいかに重要かがよく分かる。マラリアなどの病気、転倒や戦陣の設営でのケガの対処など、現地の様子と時に緊張感が想像をかきたてる。土の匂い、湿った木の匂いまで伝わってきそうだ。

意図していたかどうか分からないが、チェの「共感力の高さ」を感じさせられる一冊だった。ゲリラ戦のなかでマメに手記を綴ること、その手記はまるで人に読まれることを前提としたかのような正確さを備え、現地の様子をあざやかに映し出している。

 

チェ・ゲバラの他の本

『モーターサイクル・ダイアリーズ』として映画化された、アルベルト・グラナドと故障しがちなオートバイを疾走した1952年の旅行についての本。これもチェが丁寧に日記を綴っていたことで後世に残った。