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【偶然を生きる:冲方丁】4つの経験分類で読み解く人類のストーリー

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森博嗣の『科学的とはどういう意味か』『作家の収支』の2冊が、今年読んだ本のなかで結構ヒットだった。

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「小説家の書くエッセイは面白い」という法則があるのか?という「縛り」で3月発刊の冲方丁『偶然を生きる』を読んだ。結論からいえば、特大ヒットであった。

《目次》

 

4つの経験分類

第一の経験が「直接的な経験」ー五感と時間感覚です。

第二の経験が「間接的な経験」ーこれは社会的な経験ともいえます。

第三の経験が「神話的な経験」ー超越的な経験であり、実証不能なものがほとんどです。

第四の経験が「人工的な経験」ー物語を生み出す力の源です。

著者は、簡単にいえば「第一=自分」「第二=他人(過去も含め)」「第三=幻想・自然」、「第四=ストーリー」という4つに経験を分けて、本著ではストーリー(まさに第四の経験)を編んでいく。

人間が生きていくうえでは、第一と第二の経験があれば事足りる。しかし、古代からの人類の活動は第三の「神話的な経験」が大きな意味をもってきた。

第四の経験は一見わかりづらいが、例えば小説や本を読むという経験がそれにあたる。日本史にくわしい著者は、江戸時代に犬公方とあだ名された五代将軍綱吉が、ある日突然、「生類(生き物)を殺すな」と言いはじめたことで江戸の生活観が一変したことを例に挙げる。

アメリカの南北戦争で「奴隷を解放すれば社会は豊かで正しくなり、みんなが幸せになれる」というストーリー、フランス革命では「個人の財産はその人のものであり、たとえ国王であっても乱暴に没収することは許されない」というストーリーで民衆が動き、歴史をつくってきた。

現代でいえば、新興宗教や原発ムラなんてのもストーリーで囲われた閉じたコミュニティの例だ。

こう考えれば、第四の経験「ストーリー」は人間が心の奥底に持っている根本的な価値観、原動力のようなもので、第一や第三の経験を解釈する基盤であり、自分が主体的に身を置く第二の経験を決定づける最も重要な要素であると解釈できる。

 

第二の経験に支配された社会のリーダー

当事者にとっては価値がなく、他人に奉仕するようなことでも、そこに価値があるのだと錯覚させることが、政治家や経営者など、第二の経験に支配された社会におけるリーダーの役目といえます。

現代は第二の経験が蓄積されてきており、情報共有のスピードも昔と比べものにならない。そんな第二の経験に支配された現代社会では、リーダーは何かしらのメリットが自分自身にあるのだと思い込ませることが重要だと著者は考察する。

しかし、現実は第二の経験に支配されているようにみえても、個人の内在的なモチベーションは第四の経験「ストーリー」に支えられている。ということは、リーダーが本当にテコ入れすべきは上辺のメリットではなく、人間一人ひとりが内に秘めた原動力となる「ストーリー」をつくりあげて共感してもらうことではないだろうか。

 

偶然を欲しがるのが人間

人間は、偶然を欲する。百発百中で一定数の玉がでるのなら、誰がパチンコ店に入り浸るだろうか。たまにしかでない、それがいつか分からない。だからこそ人はギャンブルにハマる。

つい先日、課金上限額を5万円にするように業界団体が自主規制したというニュースがあったが、「射幸性を煽る」という悪名高いスマホゲームのガチャも同じ論理だ。

しかし、この人間の特徴は良いふうに活用されることもある。例えば、スポーツ選手の優れたコーチはたまにしか選手を褒めないのだそうだ。そうすると、選手は必死に良い結果を出すように努力する。いつも褒めていたら現状に満足して、選手がダメになるそうだ。

ここで大事になるのが、「これは自分で選択した結果なのだ」という自分ドリブンなプロセスだ。バイキングのあいだでどちらが主人になりどちらが奴隷になるかをサイコロで決めたという逸話をあげて、著者も以下のように書いている。

実際に何をしたかは別にして、自分でサイコロを投げたという実感を得られたなら、その瞬間、ものすごいリアリティを感じて一体感をもつことができます。

 

RPGのような人類のストーリー

テレビゲームで発達したロールプレイングゲーム=RPGは、ダイスが果たす要素を複雑化させていき、一定の確率で必ずクリアできるように調整しています。

著者は「偶然性の魅力」という文脈でこの文章を載せているが、僕は科学で必然性を増していく社会って、レベル上げで勝利の必然性をあげていくRPGと同じではないか、という発想に飛び火した。

第三の経験のうち幻想である神話はともかく、人間が左右できない「自然」の摂理をひも解いていき、必然性のあるものに変えていくのが科学である。

一つにインプットがあったときに、確実にアウトプットが得られるようにする。エンジンを動かせば車が走り、飛行機が墜落せずに飛び続けるという必然性だ。

今、僕たちが生きている社会はRPGで例えたら、かなりレベルアップしてラストステージの手前まで来ている状態かもしれない。そして冲方さんも本著の最後の方でふれているが、2045年に到達するといわれているシンギュラリティ後の世界は、ラスボスに到る最後のダンジョンのはじまりを意味するのかもしれない。

人類のビッグストーリーのなかに現代を生きる僕たち一人ひとりのショートストーリーがあり、そのなかの僕という個人が第四の経験の一つとしてこうして本を読んでいるという何とも不思議な事実らしい感覚。しかし、それもまた僕個人が勝手につくりだした「ストーリー」の一つなのだろう。少しでも共感してくれたら幸いだが。

 

『天地明察』

『天地明察』では、ある種の理想を書いたと言えます。

著者は『偶然を生きる』のなかで、40代半ばで事業成就となり、その前の20年間を失敗の連続に費やした渋川春海に理想をみていたことを告白している。読んでみたいけど、まだ読んでない本の一つ『天地明察』。これを機に手を伸ばしてみようか。 

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