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【死にいたる病 現代の批判:キルケゴール】人は絶望しながら生活している

哲学 哲学-近代
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人は誰しも、何かに絶望しながら日々生活しているものだ。 

《目次》

 

キルケゴールの実存主義

主体性のありかた、「実存」をひたすら考え抜いた哲学者キルケゴール。

人がどうとか、確率がどうとか、真理がどうとかは関係ない重要なのは「自分」にとってイチかゼロかだけだという価値観で僕は生きているので、キルケゴールの実存主義は読んだ瞬間にすっと腑に落ちた

以前『世界十五大哲学』の書評で書いたことなのでご興味あればご一読ください。

【世界十五大哲学:大井正/寺沢恒信】イチかゼロか、それが問題だ - 引用書店

 

死にいたる病とは絶望のこと

自分の絶望を意識している者が、絶望の何であるかに関して真の観念をもっているかいないか区別されなければならない。

キルケゴールが考える死にいたる病とは絶望のことである。『死にいたる病』では絶望にいたる人の分類をしている。つまり、人類は絶望、つまり死にいたる病に漏れなくかかるものであるというのが彼の持論だ。

大きく絶望に気づいている者と、絶望に気づかない絶望的な者(バカにしてる?)に分かれる。

 

人は絶望しながら生活している

人間がこのように想像的になり、したがって絶望している場合でも、そういう状態はたいていの場合よそ目にわかるものではあるが、それでも、人間は結構りっぱに生きていけるのである。つまり、見たところ普通の人間として俗事にたずさわり、結婚し、子供をこしらえ、尊敬されたり、名声を博したりすることができる。

人間は誰も絶望している。絶望しながらも、何かに生きる価値を見出しながら、結構りっぱに生きているのだ。

見たところ普通の人間として俗事にたずさわり、結婚し、子供をこしらえ、尊敬されたり、名声を博したりすることができる」という部分には、はっとさせられる。哲学者による思考の世界と、現実がはっきりとつながる感覚がするからだ。

何も悩みがない人はいない。絶望と呼ばれるような状態にある人も多くいる。これは古今東西、変わることのない事実だ。その中でも、日々の生活を送っているのだということを、普段周りの人たちと会話するときに何となく覚えておきたいものだ。

ヴィクトール・フランクルは意味があれば「絶望」ではなく「苦悩」だと説いた。一見キルケゴールと矛盾するようだが、これは言葉の定義の問題だけだと感じる。

キルケゴールも、もしかしたら絶望しながら「生」が自分に期待することは何かを考えて著作を残したのかもしれない。彼の生きた証を、われわれがこうして読むことができるのは確かだ。

【夜と霧:ヴィクトール・フランクル】生きる意味を探してはいけない - 引用書店