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THE INYOSHOTEN PLUS

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高城剛『2035年の世界』の医療パートを徹底解説する

科学 科学-医学
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『2035年の世界』は、高城剛が自ら設定した100のキーワードをもとに人類の未来像を語っていくという本だ。

経済、環境などジャンル分けされているのだが、この記事では僕の専門である医療・生命科学に関するキーワードに限定して、「そんな未来が果たしてくるのだろうか?」「いやいや技術革新はもっと早く進むだろう!」と若干批判的な目線で解説を加えていく。

《目次》

 

01 超健康・・・将来、人類の平均寿命は140歳に

超健康状態になると、人間の身体は150歳くらいまで持つ。アンチエイジングをしなくても自然に若さが保たれて、2050年頃には90歳の美魔女も登場する。

ツッコミ待ちに引っかかるようで安易にふれるのは癪だが、90歳の美魔女がいたら今でいう美魔女とは比べ物にならないほど「魔女感」が強い恐ろしい存在のように思える。少なくとも2016年時点の常識では。

もともと人間のボディは150歳ぐらいまで持つので、後にふれる予防医学やオミックス医療が進めば40代でスタイル抜群で肌ツヤツヤは普通になり、美魔女といえば80〜90代の特にケアが行き届いた女性を指すようになるのではないか、というのが高城さんの予想である。数ある未来予想の1つ目に女性ネタを持ってくるあたり、彼の業の深さというか単純に女性への興味が意識してか無意識かは分からないが垣間見える。

イギリスの老年学者オーブリー・デ・グレイは7つの老化原因の全てを止めることができれば、寿命は1000年まで伸ばせるという説を展開している。

具体例として、デ・グレイは最大のハードル「癌化」に関して「テロメラーゼ遺伝子を死滅させれば、それですむ」、「10年かかるかもしれないし、20年かもしれない。でも、一世紀とはかからないよ」と言っている。

デ・グレイの寿命1000年説に比べると、高城さんの未来予想はかなりコンサバだ。

inyoshoten.hatenablog.com

 

02 ボディ・エリア・ネットワーク・・・医療費削減の切り札

自分の生体情報をリアルタイムで管理するネットワーク。体内に埋め込まれたデバイスが、心拍数や血糖値といった生体情報を計測して外部に送信。異常値が計測されると、医者が診察にきてくれる。

体内埋め込み型デバイスの実用化が進んでいくという流れは間違いない。この未来予想に関しては、2035年と言わず2025年頃には米国では相当数の製品が実用化されているだろう。

高城さんは「日本は医療機器が得意」と言っているが、それは事実と明らかに違うポジティブな態度だ。ただし、体内埋め込み型デバイスの理解や薬機法(医薬品医療機器等法)の整備は日本ではアクティブに動き出している。再生医療等製品を世界に先駆けて1つのカテゴリーにして実質承認を早める制度を公式に導入するなど、体内に永続的に滞留する細胞加工物やデバイスの実用化について、日本はかなり寛容になってきているのだ。レジストリと呼ばれる市販後の情報収集の体制も標準フォーマットに製品個別のカスタマイズをする形で整ってきている。

積極的な海外技術の輸出も含めれば、彼の予想「日本はBAN(ボディ・エリア・ネットワーク)大国になる可能性が高い」は結果としてバッチリ当たる可能性は高いし、これに仕事で関わる僕としては実際そうなっていてほしい。

 

03 薬事ロボット・・・人の体内で働くロボット

体内で診察や治療を行ってくれる超小型ロボット。

これは高城さんが言っていることではないが、血球より小さい大きさの超小型ロボットが開発されて、電気的あるいは機械的に身体をコントロールする世界がくるのではないかという大胆な予想がある。今のスマホと同レベルの知能やアクションが血球の大きさで実現できれば、あながち妄想ともいえない。

現時点で実用化されているものとしては、口から飲み込んで胃や腸を撮影してくれるカプセル内視鏡がある。また、ボディ・エリア・ネットワークと連携して、血糖値を測定して適切なタイミングで糖尿病患者にインスリンを注入するというデバイスも既に研究段階では存在する。

ただし、「くすだまを割るようにして薬成分を撒けば、より効果的な治療ができる」という高城さんがイメージする使い方は、2035年までの実現という観点では危険だし現実的ではない。前提として体内に薬効成分を忍び込ませておく必要があり、そうなると「いかに不適切なタイミングで薬効成分が漏れでないように管理するか」は薬事行政上クリアできる説明をすることが非常に困難だ。カプセルの素材に相当自信があっても、少なくとも僕は合理的な説明で当局を押し切れないと思う。そもそも「どの成分を忍ばせておくか?」を決めなければならない。どんな急性疾患になっても大丈夫なように、あらゆる成分をとりあえず入れておく、というのはどう考えても非現実的だ。

結論としては、電気的、機械的な働きをするデバイスを身体に忍び込ませるまさに「ロボット」は実現可能だが、薬効成分を入れておくのは不可能。ただ、2035年以降となると今では想像もつかないブレークスルーが起こっている可能性もあるので話は別だ。

 

04 なんでも遺伝子・・・人間の体質を決定づけるもの

今後は何を始めるにしても、まず遺伝子を調べて個々の適正を把握するところからスタートする時代になる。

「何を始めるにしても」は言い過ぎだろう。一番分かりやすいスポーツをとっても、速筋と遅筋の割合で不向きが分かるのは陸上競技の短距離か長距離かとか、爆発的な力が必要な野球などのスポーツか、スタミナが必要なスポーツかといった区分けのみ。あとは身長の伸びを遺伝子から読んで、バスケやバレーボールを選ぶという判断はできる。

しかし、遺伝子を調べたってサッカーをやるべきか、水球をやるべきか、フィギュアスケートをやるべきか、といった細かい判定はできないだろう。筋力と身長など大まかな特性以外だと判断材料が多すぎて、いくら遺伝情報が分かったとしても最終判定に使えないからだ。

とはいえ万能ではないしても、遺伝子検査産業が広がることは間違いないだろう。高城さんがこの本を書いた2014年から今まで、DeNAなど遺伝子検査業界への参入がいかに加速したかという事実からもトレンドが読み取れる。遺伝子検査やバイオのDIY化については、下の記事に書いている。

inyoshoten.hatenablog.com 

 

05 未病とオミックス医療・・・私だけの予防法、あなただけの治療

遺伝子情報を元にした医療を「オミックス」 という。

前の「なんでも遺伝子」からの流れで、遺伝子情報を元にした医療「オミックス」もかなりリアリティのある予想。これは当然のことで、遺伝子検査はスポーツや勉強の向き不向きを判断することではなく、むしろ疾患の解明や個別医療に発展に焦点をあてたものである。

治療が中心の医療から、予防が中心の医療にシフトしていくという予想も的を射ている。この流れは確実だろう。全ては連動していて、超健康で150歳以上の長寿を目指すためには遺伝子検査と個別医療、予防医学の発展は必須で、急な疾患で死なないようにタイムリーに対応できる体内埋め込み型デバイスも長寿化に大きく寄与するだろう。

 

06 デザイナーズベイビー・・・神の領域、想い通りに子どもをデザインする

デザイナーズベイビーが社会的に認められるのは、まだしばらく先だろう。おそらく21世紀後半になると思う。

これはコンサバだ。革新的技術が実用化されるまでの3つのハードル(技術、コスト、倫理面)、自国ではなく合法的にデザイナーズベイビーを誕生させられる「DNAへイブン」(タックスヘイブンならぬ)といった発想は賛成できる。

しかしDNAヘイブンができるのであれば、宗教的な倫理観にとらわれない人が自由にデザイナーズベイビーを生む未来は2035年までには訪れているはずだ。技術、コストのハードルは越えているはずであり、倫理も一部では問題視しなくなっていると予想する。

僕はクローンは認められないけれどデザイナーズベイビーは認められる、という時代が2035年には来ているのではないかと思う。このあたりは、下の記事でも少し書いた。 

inyoshoten.hatenablog.com 

 

07 違法遺伝子マーケット・・・売り買いされる「DNA」

デザイナーズベイビーをつくるため、優秀な人の遺伝子が高値で取引される。一方、優秀な人の髪の毛や唾液などを盗んで勝手に売りさばく遺伝子泥棒も登場。

遺伝子が臓器の闇取引と同じように、ウラで高値で取引されることは容易に想像できる。というより、既に今も一部では行われていることはほぼ確実だろう。

「1990年代にはブランド靴のニセモノが出回り、2000代には違法ソフト、2010年代には違法ダウンロードが問題だったように、2030年代には違法なDNAが地下市場を席巻するようになる」というアナロジーはわかりやすい。ただ、2030年というのは遅く、10年後の2020年代には遺伝子の闇取引は活況になっているかもしれない。

デザイナーズベイビーは21世紀後半とコンサバに見積もっているのに遺伝子の闇取引は2030年代と言っている高城さんの予想には矛盾があるが、大枠のトレンドは間違っていない。臓器の闇取引と倫理については以下で書いた。

inyoshoten.hatenablog.com 

 

08 ハイパーヒューマンの誕生

疲れない身体を持ち、運動能力も高い。将来は通常のオリンピックの他、サイボーグ化したハイパーヒューマンによるオリンピックも開催されるだろう。

マイケル・サンデル『完全な人間を目指さなくても良い理由』を読んだのだろうか。目新しい事は何もないが、身体のサイボーグ化は人間の可能性を広げる一方で、僕らにそも「そもそも人間とは何なのか」という根源的な問いを突きつけるというのは、全くその通り。個人情報の保護など、技術革新と倫理は医療に限らずバッティングするものであるが、医療技術は人間そのものに関する哲学的な問題もからんでいて倫理ハードルは概して高い。

inyoshoten.hatenablog.com 

 

「未来予想」について

レイ・カーツワイルや、日本人では若手の落合陽一もそうだが、彼らの未来予想は一見ぶっとんでいるようにみえる。しかし、10年後ぐらいならまだしも、30年より先の未来は彼らにすら読めないほどのパラダイムシフトが起こる可能性を秘めている。1つのパラダイムの発展はシグモイドカーブを描くが、次のカーブの開始時点を読むのは困難なのだ。

人は短期的な予想はポジティブに考え、長期的な予想はネガティブに考えすぎるというクセがあるという。「ぶっとんでるなー」と思えるものを見かけたときは、長期だとネガティブになるという人間の特徴を思い出してみてほしい。

inyoshoten.hatenablog.com 

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