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THE INYOSHOTEN PLUS

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「話がヘタな人」は優れた裁判官が使う論法をマネしたらいい

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 「すぐれた法学者は、背後に帰納論をもちつつしゃべるときは、演繹論をしゃべる」

著作『論理思考と発想の技術』でベイン・アンド・カンパニー日本支社長も務めた経営コンサルタント後正武が、法学者の川島武元教授の言葉を引用した箇所である。

『論理思考と発想の技術』は文庫本でも2006年、僕が持っている単行本は1998年に出版されている。以前紹介した『意思決定のための「分析の技術」』も1998年出版なので、この頃まとめて書かれたのだろう。

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「論理思考」というと何だか紋きりで捉えづらいが、要は「正しい判断を行うための思考プロセス」のことだ。これまで何十冊も論理思考(ロジカルシンキング)関連の本を読んだが、この後正武さんの2冊は群を抜いて分かりやすい。20年近く前の本だが、全く色あせない。コレ系の本を読んだことない人、話がヘタで自分の考えが整理もできないという人に強くおすすめしたい本たちだ。

《目次》

 

帰納と演繹

「Aも死んだ」「Bも死んだ」・・・「歴史上死ななかった人はいまだ知られていない」という下位の複数の命題(Supporting Menages)があれば、上位のメッセージ(Governing Thought)の「人は必ず死ぬ」は正しいことが立証できる。つまり、複数の事実から、共通項を取り出すと、それは再現性が高く、法則化できる。この法則化の過程が「帰納」であり、科学の法則はこの「帰納」によって成立している。

まずは基本である帰納と演繹の考え方から理解しておきたい。

これは十分理解されている人も多いと思うが、「帰納」とは具体例を寄せ集めて法則化することであり、「演繹」とは完成された法則から個別具体の事象を語ることだ。

「ソクラテスは死ぬ」というギリシア以来の有名な命題証明の例で、もう一歩踏み込む。「人は死ぬべきものである(大前提)⇒ソクラテスは人間である(小前提)⇒ソクラテスは死ぬ(結論)」という三段論法とも呼ばれる「演繹」のフローの中には、大前提を支える多くの事例が「帰納」として隠れている。

つまり、演繹はそれ単体では成立せずに、必ず根底に具体例の集まりとなる根拠たち(後さんはSupporting Managesと呼ぶ)が全ての前提を支えている。考えてみれば当然のことで、新しい法則を生み出すために旧知の法則を使うわけだが、その旧知の法則も元をたどれば、より根源的な法則を使って証明されたものであり、突き詰めていくと具体例の集まりが根底にあるということだ。だから科学者たちは旧知の法則から仮説をたてて、新たな切り口で具体例を集めて実験で検証する。

こうして科学の理論は発展し、人類が利用できる技術も発展してきたわけだ。

 

隠れた小前提を探せ

先の命題「ソクラテスは死ぬ」で、さらっと流されているものがある。それは「ソクラテスは人間である(小前提)」の部分だ。

小前提は「隠れがち」であること、ものによってはサポートする事実がなくて根拠がぐらついていることがあることを認識しておくべきだと後さんは書いている。「ソクラテスは死ぬ」のケースでは小前提はあまりに自明のものであったが、ここに論理の飛躍のもとになる勘違いが生じてしまう場合も多いので注意が必要である。

 

マネしたい!優れた裁判官が使う論法

 「すぐれた法学者は、背後に帰納論をもちつつしゃべるときは、演繹論をしゃべる」

さて、冒頭の引用にようやく戻る。優れた裁判官は、心の中では帰納法を持ちながら、話すときには自分の心に起こった帰納の過程を話すのではなく、説得力のある「法の条文」という大前提から、結論たる「判決文」をいきなり語っていくそうだ。

もう少し細かく思考の動きを文字にすると、「過去の例はこうだ。時代の流れはこうなりつつある。ここでこのような判決をすると、それは社会にどう影響するか。そう考えると、最も妥当な判定はこうあるべきだ。」という個々の事情をよくよく頭に入れて結論を出していく。これをそのまま語ったのでは第三者に「あれ?社会の動きとか、あいまいなものを1人の人生に関わる判決に使っていいの?」などの印象をどうしてももたれ、ツッコミ満載になってしまう。かといって、1つの事件や社会の背景にある情報を無視して一般論のみで結論を出すと、とんでもない判決になってしまうリスクがある。

裁判に限らず、われわれの日常も同じようなものではないだろうか。思考は色々なところにめぐる。めぐりめぐった思考は無駄ではないが、人に説明するにはファジーすぎる。こんなことは往々にしてある。

だから、隠れた帰納を仕込み刀のように内に持っておいて、語るときは納得しやすい王道の演繹を使うといい。ぜひ試してみてほしい。