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価値観の違いって面白い!という話:ちきりんとゲーマーウメハラ

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今月発売の新刊『悩みどころと逃げどころ』を紹介する。

以前であれば全く興味を示さなかったはずの本だけれど、ブログを書き出した一人として自称「社会派ブロガー」ちきりんの著書は一冊は読んでみたいという気持ちがかねてから頭にあった。

そういったワケで手に取ってみたのが新刊の対談本。読んでみると、全然意図していなかったことだけど対談相手である「世界一プロゲーマー」ウメハラさんの言葉の方が僕には響いた、というオチが待っていた。それでも全くウメハラの価値観と同じかというと厳密には違う。

ちきりんかウメハラ、どちらの価値観が自分に近いか?それとも全く別の第三の価値観を自分が持っているのか?そんな目線で読むと面白し、思考が深まる一冊だ。

《目次》

 

価値観の違いって面白い!

実は以前、彼女の『ゆるく考えよう』という本に「目標を低く持とう」 とか「早めに諦めよう」いう、自分の理念とはあまりにも掛け離れた言葉を発見し、衝撃を受けたことがあります。これほど異なる人との対話が果たして価値あるものになり得るのか、実際に議論を始める前は半信半疑でした。

まえがきでのウメハラの文章。ここにも現れているとおり、本著の面白さは「ここまで価値観の違う人たちが対談本を出すのか!?」という新鮮さ。そして、「人生の生き方によって価値観ってこうも差がつくものなのだな」という気づきにある。

対談本というのは、互いが対等の立場の場合もあれば、一人が業界のオピニオンリーダーで、もう一人がインタビューをする形式のものもある。どちらにしても、「意見が強い方」という立場が大抵存在するものである。もう片方の「意見が弱い方」は「意見が強う方」に追随しつつも独自の視点で話を盛り上げていくもの。

しかし、本著はどちらが「意見が強い方」という立場が見えないまま最初から最後まで突っ走っていく。しかも一方が発言すると、ほぼ100%反対の意見をもう一方がぶつけるという論調。そこからケンカ漫才というか、ボケにボケを合わせたお笑いコンビのような面白さが生まれている。

本著は、価値観の違いを楽しめる新しいタイプの対談本である。

 

「学歴」への意見の違い

確かに、それは私にはまったくわからない世界です。一流大学の卒業証書を持っていることがどれだけ有利かは理解しているつもりだけど、それがなかった時、たとえ実力があってもどれほど大変か、どれだけ惨めな思いをするのか、実感としてわからない。

ウメハラに説きふされそうになっている、ちきりんの台詞。本著にはこのパターンが何度もでてくる。逆ももちろんあるのだが、総合的にはウメハラがやや優勢。

学歴については、ウメハラは学歴がなくて苦労した過去や周りの人たちを見てきたために、学歴がないだけでマイナスの差別を受ける悲惨な世界に迷い込まないように「マジメに勉強して大学までは出ておくべきだ」という意見。

対して、ちきりんは学歴なんて関係ない。社会は実力で測られるものだから、勉強なんてせずに一点突破できる道を若い頃からみつけて、そこに全力を注いだ方がいいという考え方。

この議論で面白いのが、お互い自分が歩んだ道を否定しているところ。ウメハラは一点突破でゲーマーとして大成したわけだが、同じように生きることをこれからの子供たちには求めない。なぜなら薄氷を渡るような極めて可能性が低い道を自分が辿ってきた実感があるので、失敗者が多い道にはじめから入るな!選択肢を将来広げられるように無難に勉強しとけ!と言うのである。

ちきりんには一流大学を出て大手金融に入り、コンサルティングファームでキャリアを築き、回り道して今のスタイルに到達したという過去がある。学歴や職歴で優遇されてきたはずなんだけれど、今となっては学歴とは無縁の仕事をしている実感があるために、子供たちには自分の後を追うよりもウメハラのように好きなことを一点突破することを求めている。

このような自己否定の価値観が語られるシーンが結構多い。普遍的に言えば、人は成功よりも失敗から学ぶことの方が多いということになりそうだ。

 

「結果とプロセス」への意見の違い

ちきりん すみません。ちょっと言い過ぎました。でも結果を出せない人に限ってプロセスに逃げがちというのは、私の実感です。それに、学校でも家でも「よく頑張ったね」みたいな褒め方が多いんで、結果が出なくても「頑張ってさえいればいい」という誤解まで生まれてしまう。

ウメハラ プロセスが大事だと言うと、勝たなくていいってことになるんですか?

これも、人は成功よりも失敗から学ぶことの方が多いパターン。

普通なら勝負の世界に生きるウメハラが「プロセスなんて関係ない!結果だけだ!」と言いそうなところを、ちきりんが「プロセス重視は逃げだ」と否定している。

僕としては、ここではちきりんの「プロセス重視は逃げだ」の論調に加担したい。頑張っていることが評価される世の中ってどうしても合理的じゃないし、努力という曖昧さを持ち出すことで本質から外れた議論になってしまうからだ。

ただし、ウメハラも自分はプロゲーマーとして成功するという1つのゲームに勝ったからこそ「プロセスが大事」とはじめて言えるのだと語っている。プロセスの重要性を語るかどうかという選択も、結局は勝利ありきということだ。

 

「成長」への意見の違い

僕が生きる喜びを感じられるのは、考えたり努力したり、なにより成長する機会が得られているからです。なんとか一歩でも前に進まないといけない。そういう状況が楽しさの源だから、大成功してすべてが手に入って「毎日遊んで暮らしてください」って言われたら、まったくいい人生じゃない。 

 「成長」についての価値観は、僕はウメハラに近い。典型的な米国のビジネスパーソンのアーリーリタイアなんて、全然うらやましいと思わない。

一歩ずつ進んでいく感覚が楽しいという価値観。ちきりんは「成長オタク」と半ば揶揄しながら尊敬もしているのだが、ゲーマーもしかり一点突破で成長し続けることが職業の本質になっているスポーツ選手やプロフェッショナル職に多いタイプだろう。

この手のタイプの一人である僕は、例えばスポーツを観戦していても純粋に楽しむことができない。観戦しているうちに「なんで自分はこっち側の観客席で応援なんかしてるんだ!本当はあっち側に立ってプレイしていたいのに!」という気持ちが、どうしてもわき起こってしまうのだ。このあいだアーティストのコンサートに行ったときも、「なんで自分がステージに立っていないんだ!」とどうしても思ってしまい途中で冷めてしまった。好きなアーティストのコンサートに行くことを「参戦」などと言う人もいるけれど、全然「参戦」した感じがしない。少し極端な気もするが、この感覚分かる人いるだろうか?

ただ、僕がウメハラと違うのは「成長オタク」が優先したい第一の価値観ではないというところ。僕は、今生きている社会というか世界に何を残すかという点を自己成長よりも明らかに重視している。だから弁護士とか資格アリの専門職ではなく、コンサルのような人に助言をする職でもなく、メーカーに務めてプレイヤーとして「何かを作り出して、後の世代に残して死んでいきたい」というモチベーションで働いている。

「成長」という文脈で、ウメハラは半径2メートルを超えたことに感心がない、ちきりんは半径2メートル以内にはまったく興味がないという対比が語られる。僕は半径2メートルを超えたところに感心があるが、同時に成長オタクというか自分がプレイしたいという価値観でもあるというわけだ。

読者のみなさんはどうだろう?このあたりの議論も、彼らを対比の題材として考えを深めてみると面白い。